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「迷惑をかけたくない」って言うけど、あなたは誰のために生きているのだろう? ヨシダナギ・インタビュー

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私たちは、誰のためにやりたいことを諦めているのだろうか。私たちは、誰のために生きているのだろうか。

「迷惑をかけたくない」って言うけど、あなたは誰のために生きているのだろう? ヨシダナギ・インタビュー

アフリカの少数民族の写真を撮り続ける、フォトグラファーのヨシダナギ。

彼女は、5歳の頃にテレビでマサイ族を見てから、綺麗な黒い肌に原色の民族衣装を着こなす彼らに魅了されるようになったという。その後、時を経て、23歳の頃に単身独歩でアフリカへ。

いくつもの地域を渡り歩き、さまざまな少数民族に出会い、ときには彼らと同じ格好になった。そうして深い信頼関係を結んだからこそ撮ることができた、彼らの笑顔や凛々しい立ち姿の写真は、大きな話題を呼んだ。

その話だけを聞けば、大胆不敵でハングリー精神のある人のように思える。しかし、実際に彼女と対面すると、むしろおっとりとしていて、少し浮世離れした印象だ。

過去の話を聞けば、中学2年で退学をし、引きこもりをしていた時代もあるという。

果たして、彼女はどのようにして暗かった時期を脱出し、大好きなアフリカへと飛び立ち、フォトグラファーとしての道へと歩みを進めたのか。

そんな彼女の生き様について聞いたとき、彼女の口から出たのは、素朴な疑問であった。

「私には、好きなものがあるのに立ち止まっていられることの方が、わからない」

■片想いにケジメをつけにアフリカへ

10月4日からスタートした、ヨシダナギによる冠ラジオ番組『野性に還ろう。』。

番組内では、ヨシダナギが経験したアフリカでのエピソードのほか、リスナーからのお悩み相談に答えるコーナーもある。他の人たちの悩みについてどう思っているのか聞くと、彼女はどこか他人事のように「みんな生きづらいんだなあ、って……」とつぶやく。

「でも悩むというのは、若いうちだけだから、ずっと耐えていれば光は見えてくるんですよ」と続ける彼女に、自身の若い頃について聞いてみた。

「今はもうそんなことでは悩まないけど」と前置きをしながら、アフリカ以前の生活について振り返る。

「当時、世間の常識からいえば、私は社会不適合者だったんですよ。学校にも行けない、友達も作れない、一般企業に勤めることもできない。親に何度も『他の人みたいに普通に生きてくれ』と言われていましたね」

「おまけにその頃はとにかく、何を言ってもネガティブな言葉ばかり出てきてしまう。そうすると類は友を呼ぶという感じで、ネガティブな人が寄ってきちゃうんですよね。余計に暗くなってしまって、完全に悪循環でした」

負のループに陥っていた「社会不適合者」のヨシダさんがアフリカに行くことを決意したのは、どのような経緯からだったのか。

「そもそも、アフリカに行こうって具体的に考えたことって、それまで一度もなかったんですよ。アフリカの少数民族のことはずっと好きだったけど、自分は英語もできないし、ひとりで何かできるようなタイプでもない。もちろん一緒に行ってくれそうな友達もいない。ただ、片思いをずっとしているような状態が、だんだんと煩わしく感じるようになってきたんです」

彼女は、自分の好奇心を恋に例える。

「誰かに想いを寄せてると、他の人が目に入らなくなるじゃないですか。それと同じで、頭の片隅にいつもアフリカがありました。だから、もうそろそろ片思いにケジメをつけよう、と思ってアフリカに行くことを決めたんです。行ってみて、楽しければずっといればいいし、あまりよくなかったら『縁がなかったのだ』と諦めて次に行けばいい。深刻に悩むことは何もなかったんです」

■「社会不適合者」だった自分が、認めてもらえた気がした

結果的に、そのアフリカへの一歩はその後の人生を大きく変えることになる。アフリカの少数民族の凛々しい立ち姿の写真は大きな話題となり、彼女はフォトグラファーとして一躍名を馳せることになった。

今も年に数回アフリカに行く生活を送るという彼女は、そもそもアフリカのどのような部分に魅了され続けているのだろうか。

「理不尽でいていいところ、かな。気を遣わなくていいんですよね。私、アフリカにいるときの方が感情が表に出やすいんですよ。それは単純に、オーバーに意思表示をしないと負けてしまうから。アフリカではよく理不尽なことが起きたり、言われたりするんです。私が間違っていなくても、間違っていると言われて悪者になってしまうことが往往にしてある」

「でも、だからこそ『理不尽でいていいんだ』って思えるんですよね。理不尽には理不尽で戦っていいんです。日本で理不尽でいたら、ただでさえ数少ない友人もいなくなるし、仕事もなくなるし、生きていけなくなるけど、アフリカではオープンであればあるだけいいので、すごく楽なんです」

アフリカには、日本ではなかなか許されない「理不尽さ」が当然のようにあり、だからこそ自分の理不尽なところも認められる。

たしかにそれは、アフリカだからこその大きな魅力かもしれない。

しかし、それにしても、十数年という長い間何かひとつを好きでい続けられるのも、また才能だ。誰にでも真似できるようなことではない。

「アフリカは好きだけど、別に盲目的に好きなわけではないんです。私のアフリカに対する感覚って古女房みたいな感じで。『うちの旦那、ダメな人なんだけど、なんだか放っておけないのよ』みたいな。アフリカって、いいところもあるけど、とてもダメなところや嫌いなところもあるんです。だけど、それも全部ひっくるめて愛おしいって思える。裏切られても『まあ、アフリカだからね』で許せちゃう。もっとキラキラしていて遠くに感じるような存在だったら、好きでい続けることはできなかったかもな、とは思います」

かつて長い間恋煩いをしていたヨシダナギは、23歳で片想いにケジメをつけ、そして今、古女房として愛する境地に達していた。

■あなたは誰のために生きているの?

アフリカに行って得た経験は、結果的に彼女の自己肯定感を高めるものとなったという。

「私、アフリカに行って自分のことを認めてもらったような気がしたんですよね。それまでは日本で『社会不適合者』として生きてきて、親には『もっと普通に生きろ』と言われて、でも私にはそれができなかった」

「でも、アフリカに行ってみたら『なんだ、自分と同じような考え方をする人がいるじゃないか』って知ることができたんです。彼らは物質的な面では恵まれていないかもしれないけど、毎日とても楽しそうで。

彼らの幸せそうな生活を見て、私もこのままでいいんだな、自分の感情を押さえつける必要はやっぱりないんだな、って認めてもらえたような気がしたんですよね。彼らのように生きていれば人は寄ってくるし、生活はできる。彼らの存在に『そのままでいいんだよ』って言ってもらえた気分でしたね」

引きこもりや社会不適合者として扱われていた時期、彼女の中には他の人と同じように生きることができない後ろめたさのようなものは感じていたのだろうか。アフリカに行く以前の、当時の鬱屈とした想いについて、彼女はこう語る。

「後ろめたいというよりは、『ただ怠けているだけ』とか『積極性がない』とか『暗い』とか、いろいろと言われていたんです。まあ、それはたしかにその通りではあるんですけど、一方で、『私ってそんなに悪いことをしているのかな?』とは思っていました。親には金銭面や生活面で迷惑をかけたかもしれないけど、それ以外で誰かに何かを言われるほど私は間違ったことをしているのだろうか、って」

その違和感は、アフリカ人たちの暮らしを目の当たりにし、「自分は悪くない」と確信できたことで自信へと変わる。また、同時にアフリカ人の生き方から新たに学ぶところがあったという。

「『とりあえず先のことは考えなくていい』というのは、彼らから学んだことですね。私も正直あまり深く考える方ではなかったんですけど、それでも日本人の悪い癖というか、『5年後10年後、私はこの仕事をできているのだろうか』とか『これだけアフリカに行ってお金はなくならないだろうか』とか、ふと考えて暗くなってしまうことがあって。

アフリカ滞在中にぼうっとそんなことを考えていたら、アフリカ人に『何をそんな暗い顔をしているの?』って言われたんです。だから今自分が思っている悩みを伝えたら『バカじゃないの』って一蹴されて。『今日みんなでご飯を食べて、お腹いっぱいになって、夜眠れたら、それが幸せじゃないの? なんで来年や再来年なんてわからない先のことまで考えて今暗い顔をしているの?』って。

『今暗い顔をしていたら誰も寄ってこなくなるよ』と言われて、本当にそうだな、と私は納得したんです。それからは、とりあえず先のことを考えるのはやめよう、って思うようになりました。考えても仕方がないことを考えても暗くなるだけですからね」

予想できない未来のことを考えて暗くなってしまう瞬間なんて誰にだってある。

しかし、そう言い切ることができて、「未来のことを考えるのはやめよう」と思える人は、果たしてどれだけいるだろうか。

そう言い切れるのは、結局、彼女がアフリカに単身で行ける勇気や強さがあったからこそではないか? みんながみんな、未来のことなど気にせずに好きなことを謳歌しよう、と選択できるとは限らないではないだろうか……そんな疑問に対して、彼女はこう話す。

「たしかに、ラジオ番組に寄せられるお悩み相談の手紙などを見ていると、みんな生きづらそうだなと思うことはあります。なんだか、感情を押さえつけてしまっているんですよね。私は正直、やりたいなと思ったらまず手が出ちゃうタイプなので、『やりたいことがあるのに、できない』と言っている人の気持ちはあまりわかりません。むしろ、やりたいことがあるのにその場でずっと止まっていられるのもすごいなって思う」

おそらく、「やりたいことがあるのに、一歩が踏み出せない」という人の中には、「今の生活で得ているものを失うことが怖い」と感じて二の足を踏んでいる人も多いだろう。ヨシダさんは今まで、何かを失うことが怖くて二の足を踏んだことはないのか、と聞くと、彼女は笑いながら「私、失うものが何もないんですよ」という。

「正直写真も好きじゃないので、究極的な話をすれば、フォトグラファーという仕事じゃなくてもいいと思っていて。ほかのお仕事でお金をもらえるなら、別に写真で稼ぐ必要もないかな、って」

肩書きに執着しない彼女は、「でも、フォトグラファーとして、写真集を出したり、個展を開催したり、さまざまなメディアに出たり、そうやって重ねてきた実績がなくなってしまう可能性もあるじゃないですか」という私の話を、「何を言っているんだろう」という表情で聞いていた。

そして「今までの積み重ねがなくなることを想像したら、虚しくはならないか?」という質問には、「ないない! 身軽〜!ってなる」という、あっけらかんとした回答が返ってきた。

英語も喋れない状態で単身アフリカに行ったり、少数民族と絆を深めるためにためらいなく同じ格好になったり、そういった彼女の行動は、この執着のなさからきているのかもしれない。

そして、その肩書きや実績に対する執着のなさは、誰かの評価や社会的なレッテルに頼らず、ずっと自分の気持ちに正直に生きてきた彼女だからこそ得られた性質ではないか。そう聞くと、彼女は少し考えながら、最後にこう語った。

「どうなんでしょうね。ただ、やっぱりリスナーの方たちや周りの人たちの悩みを聞いていると、すごく自分の感情を押し殺しているな、というのは感じます。でも、自分の人生なので、自分が一番可愛がって、自分が一番楽しんであげないと。『みんな、誰のために生きているんだろう?』って思うんですよね」


「たまに『人に迷惑かけるから』って言って、自分がやりたいことを遠慮する人がいますけど、人は迷惑をかけて当然だと私は思います。でも私の周りには、助けてくれる人たちがいる。人を傷つけるようなことはしてはいけないけど、それ以外は自分の好き勝手にやりたいことやればいいんじゃないかなって思っています。もう少し自分の気持ちに素直になって、やりたいことがあるならやればいいし、怠けたいなら怠ければいい。もっと自分のことを甘やかしていい。今の私って、甘やかした結果ですからね」

取材・Text/園田菜々(@osono__na7)
Photo/飯本貴子(@tako_i)

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園田 菜々

記事を書く仕事をしています。ハリネズミのおはぎとロップイヤーのもなかと暮らしている。Twitter:@osono__na7

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