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「自己」ではなく「回復」に責任を負う。これからの依存症を考える

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人はなぜ依存症になってしまうのか。その要因には、日本の教育環境も大いに関係あるという。これは、決して他人事ではない。社会的責任を果たし、立派に働いている大人こそ、そのリスクを内包している可能性があるのだ。

「自己」ではなく「回復」に責任を負う。これからの依存症を考える

11月某日、新宿二丁目にあるバー「A Day In The Life」にて行われた、中村うさぎさんと斉藤章佳さんによるトークセッション。そのテーマは「依存症」だ。

2時間にわたり議論が交わされたトークセッションから、本記事では「依存症に陥りやすい人の共通点」や「今後の日本で増加していくであろう依存症」について紹介する。

対談の前半はこちらで紹介しています

写真左:斉藤章佳(精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長)/写真右:中村うさぎ(人の本質的な欲望を追求する作家・エッセイスト)

■意思が強く責任感の強い人ほど、依存症に陥りやすい

中村うさぎさん(以下、うさぎ):斉藤先生の『万引き依存症』を読んでいてすごく興味深かったのが、非常に真面目で優等生タイプが依存症に陥っているということなんです。

斉藤章佳さん(以下、斉藤):意思が強く責任感が強い人たち、とも言い換えられるかもしれないですね。

うさぎ:私、買い物依存症だったときに、「自分は無責任だからこんなことをしているんだ」って思ってたんです。だって、責任感があったら、出版社に借金までして買い物しないでしょう? だから私は、社会人としての自覚に欠けているし、だらしないんだ、と。

だけど、小倉千加子さんっていう方が私の著書の解説で、「中村うさぎはこの本のなかで、『責任』という言葉を何十回も使っている」って書いてくださって。「こんなにも責任という言葉が頻出するエッセイは珍しい。この人は責任という言葉に強迫観念があるのだろうか」って。それを読んで初めて、「自分は責任にとらわれ過ぎているのかもしれない」と思うようになったんです。

斉藤:なるほど。そこで自分のなかにある強迫的な責任感に気づいたんですね。

うさぎ:それに加えて顕著だなと思うのが、他人の期待に応えようとする異様な熱意があること。いま、ネットゲームにハマっているんですけど、そこでイベントを開催するときも幹事を任されるとすごく真面目にやってしまう。みんなが喜んでくれるなら、原稿も書かずに完璧に幹事をやりきろうと思ってしまうんです。本当に仕事に支障があるくらいネットゲームの幹事をやっていて、「真面目に原稿書け!」とか思うんですけど(笑)。

斉藤:うさぎさんは、根っからのアディクトかもしれませんね。私自身、アルコールやギャンブル、薬物、摂食障害、DVや虐待、クレプトマニア(窃盗症)、性依存などあらゆる依存症の人たちの治療に関わってきて、共通項として見えてきたのは、みなさん「真面目」で「責任感が強く」て、「人の期待に過剰に応えようとする」という点です。

この3つの要素が揃っているんです。痴漢も万引きも、真面目に記録をつけてコツコツやっている人がいます。文字通り「真面目」に痴漢をやっている。

うさぎ:集中力がすごいんでしょうね。

斉藤:一旦やると決めたことを必ず実行する責任感は、他の追随を許さないくらいです。「今日はやるんだ」と決めたら、絶対にやる。そして、手帳に痴漢した人数を正の字で記録をつけていく。

うさぎ:『万引き依存症』を読むまでは、「万引きをするくらいなら買えばいいのに」って思ってたんです。だけど、本のなかに登場する患者さんで、夫から「節約しろ」って命令されている人がいて。その方は夫の命令に従順なんですよね。どれだけ節約したら夫が喜んでくれるか、褒めてもらえるかってことばかりを考えていて。それを読んで、行動の基準が他者になっているんだな、と。それなら理解できると思ったんです。

私が買い物に依存していたときも、店員さんの期待に応えたいっていう気持ちが強かったんです。「中村さま、今日は何百万円買ってくださるんでしょう」っていう期待を感じてしまったら、もう応えずにはいられないの。店員さんが私になにかしてくれるわけでもないのに。

夫や恋人に喜んでもらいたいという気持ちならまだ理解できるけど、赤の他人である店員さんまで喜ばせたいと病的なまでに思ってしまった。だけど、期待に応えたいというのは、大きな動機になりうるんです。

斉藤:依存症から回復していく人って、次第に自己肯定感にこだわらなくなっていくんです。最初は自己肯定感を上げる努力をするんですけど、それはキリがないことで。そこに気がつくと徐々に「いまの自分のままで良いんだ」という自己受容に変わっていくんです。そして、この自己受容に変わっていくプロセスというのが、人の期待に応えることを手放すということと似ています。

うさぎ:でも、たとえば万引き依存症から抜け出すためにグループ治療を受け始めたとして、その過程で、グループの仲間とか指導者とか、あるいは斉藤先生からの「回復するはず」という期待を裏切りたくないと思うようになったとするじゃない? それって、結局は「誰かの期待に応えたい」という部分は一緒で、その対象が斉藤先生にスライドしただけって気がするんです。だから、本質的な部分は変わっていないというか……。

斉藤:だから、「斉藤先生のおかげでここまで回復できました」と言ってくる人は、ちょっと危ないなと感じるんです。その発言の裏には、「斉藤先生の期待に応えるために回復したんです」という意味が込められているので。

うさぎ:なるほど。斉藤先生を喜ばせるために言ってるんだ。

斉藤:むしろ、回復がある程度安定してきたら、もう私のところには来ないくらいの人の方が安心です。

うさぎ:へ~! でも、人の期待に応えるのって、幼少期の頃から叩き込まれてきていることだとも思うんですよね。「親の言うことを聞け」「良い成績をとれ」って、私たちは常に期待をされて、それに応えるとご褒美を与えられるような教育環境に置かれている。

大人になってもそれが染み付いてしまっているから、依存症が「過剰に期待に応える病」だとしたら、それってもはや現代社会が予備軍を生み出し続けているように感じるんです。

斉藤:仮にネグレクトで育った子だとしても、親の期待に応えようとしてしまいます。そう考えると、期待に応えたいという思いは、人間に備わっている根源的な欲求なのかもしれないですね。

■今後の日本で増えていくと考えられる依存症は……

うさぎ:今後はどのような依存症が増えていくと思いますか?

斉藤:これからの時代、依存症と高齢化が大きなテーマになると思います。すでに日本の高齢者人口(65歳以上)は、総人口の4分の1を占めようとしています。そして65歳以上で発症する率が高い依存症といえば、女性の場合は万引き依存症です。男性でしたらアルコール依存症。このふたつは、今後の日本で爆発的に増えていくと思います。

若い世代でいうと、ゲーム、ネット、SNSでしょう。最近、問題視されているのが、ゲームやネットに依存することで、親とトラブルを起こしてしまう子どもたち。彼らは親からゲームやネットを制限されてしまうと、依存先が失われてしまったと感じて、親を攻撃対象と見なして家庭内暴力に発展することがあります。そこで初めて警察が介入して、精神科に連れてこられる。最近は、こういうケースが何例もあるので、今後は増えていくんだと思います。

うさぎ:特にネットゲームって人間関係が生まれるから、関係依存につながるんでしょうね。自分の理想像を投影したアバターがチヤホヤされたりすると、リアル生活では味わえないような称賛を浴びることができる。それって、すごく快感なんです。

それをもしも学生が体験してしまったら、現実世界がつまらなく見えてしまうおそれがある。だって、実際に称賛を浴びる機会なんて滅多にないんだし。だから、そんな快感が得られる世界を親に奪われてしまったら、暴力に走ってしまうかもしれないですよね。

斉藤:深刻な話ばかりしていますが、体験的には依存症ってひどい人ほど回復するという感覚があるんです。

うさぎ:どういうことですか?

斉藤:こんなひどい人は見たことがない、すぐに死んでしまうだろうという人が、あることを境に劇的に変わっていくということがあるんです。昨今しきりに「自立とは依存先を増やすこと」と言われますけど、それを踏まえると、たくさん依存先を持っている依存症患者は回復していけるのではないかと考えられます。自傷もするし薬物・アルコールもするし極めつけはギャンブル、セックスにもハマっている、という人は、つまりは依存先がたくさんあるということで、逆説的に考えると回復していけるという。

うさぎ:なにかひとつにどっぷり浸かるよりも、たくさんのものにハマった方がいいということですよね。

斉藤:それと、日本って、アルコールもギャンブルも社会の中で推奨していますよね。テレビをつければCMがじゃんじゃん流れていますし、アルコールはどこでも簡単に手に入れられる。パチンコやスロットだって手軽に始められます。そうやって推奨をする一方で、それにハマって依存症になってしまった人たちのことは叩くんです。自己責任だ、と。

だけど、依存症というのは自己責任ではなくて、いろんな要因が重なって陥る病なんです。それなのに、世間は当事者たちを一斉に叩き出す。それ自体が依存症から回復していこうと努力している人たちの大きな足かせになっているんです。

家庭環境や遺伝的な要因、学生時代のいじめやトラウマ体験……さまざまな要素が絡み合って、依存症へと結びつきます。だから、それ自体は自己責任ではない。ただ、依存症になってしまった人が、自己破壊的な行動を続けていて、周囲にも迷惑をかけている状況が続くのであれば、そこから回復していく責任がその人にはある、ということです。これからの依存症を理解するためには、「自己責任論から回復責任論」について真剣に論じる必要があると考えています。

うさぎ:なるほど。病気になった責任ばかりにとらわれるのではなく、そこから先の責任について考えようということですね。

【前半はこちら】なぜ人は「依存症」になるのか。万引き依存症と痴漢常習者の共通点

取材協力:A Day In The Life
新宿二丁目にあるゲイ・ミックス・バー。
http://aday.online/

Text/五十嵐 大
Photo/小林航平

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DRESS編集部

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