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14年間、メモをとり続けているメモ狂いの話

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ノートを開いて、スマホを開いて、自分の気持ちをメモし続けて14年。エッセイスト・生湯葉シホさんがこれまで記してきたメモを振り返りながら、きっと多くの人が忘れていくであろう誰かの一瞬について考えていきます。あなたの残したメモには、どんなことが書かれていますか?

14年間、メモをとり続けているメモ狂いの話

中学のときからずっと自分の気持ちをノートにメモし続けてるんです、と人に言うと引かれる。ずっと日記をつけ続けてるんです、なら単にマメな人という印象になるのだろうけど、「自分の気持ち」という謎ワードが妙にガチっぽくて怖いのだと思う。

どうしてそんなメモをとり始めたのかは自分でもよくわからないのだけど、たぶん大好きなバンド・ポルノグラフィティのギタリストが当時、“確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから”と発言していたのが影響している。その言葉を聞いた私は「そっか、自分の心に失礼なんだ……!!」と思い、どんなにうれしくてもしんどくても、心が強く動いたと感じたときには、絶対にそれを記録するぞと決めたのだった。

メモは短くても長くても日が空いてもよくて、その日なにをしたのか、誰といたのかは特に記録してもしなくてもいい。基本はノートに書くけれど、めんどくさいときはEvernoteでもOKで、唯一のルールは嘘を書かないこと。それだけを守ることにすると、わりと楽に、ゆるくその習慣は続いた。

気がつけば、私がメモをとり始めてから14年の歳月が経つ。

■自分の育児日記を自分でつけている

たとえば、高校1年生だった2008年11月1日、2日、4日のメモを一部抜粋してみると、

“テスト前でヤバい!! のに気分はいい!!!”
“深海魚見るとすごい仲間意識わく~~”
“みんな健康で幸せでありますように。死ね”


みたいな言葉が並んでいる。

むかしから情緒が狂いやすいタイプだった。特にこの年は人間関係の不和が多かったのに加え、3年間リア恋していた推しが10月にハセキョーと結婚したばかりだったから、メンタルの上下がもう富士急のドドンパだった。

推しの結婚のショックから立ち直れずに化学のテストを白紙で出し、担任に呼び出されて怒られた日の夜、泣きながら自分のメモ帳を見返していて気づいたことがある。それは、自分の気分が落ち込む時間帯には、おおまかな規則性がある、ということだった。

過去1カ月の自分のメモを見返してみると、0時から深夜1時半くらいにかけて書かれた文章はおおむね元気そうで、朝5時から6時にかけては辛そうなのだった。そうか、私は朝がだめなのかと気づいてからは、その時間帯には絶対起きないことで魔の1時間をやり過ごすことにした。

そうやって記録をとり続けていくと、だんだんともっと長いスパンで自分の気分が上下するタイミングを掴めるようになってきた。気圧や生理周期にメンタルの具合を左右される人も多いと思うのだけど、どうやら自分のメンタルはそれとは別の、だいたい65日周期くらいのバイオリズムで動いているみたいだった。

当時見つけたそのバイオリズムは、驚くことに20代後半を迎えたいまでもそこまで大きく変化していない。なんならいまも、しんどくて仕方がないときにはメモ帳をめくり、その日の気分もメモし、「たぶんあと3日で気分が上向いてくるはず」「梅雨は元気なときのほうがあとあとヤバいから……」と強引に安心を得ている。

自分の育児日記を自分でつけているようで複雑な気持ちになることもあるのだけど、やめたら自分のことがわからなくなりそうで恐ろしいから、妖怪を封印するみたいな義務感でこのルーティンを続けている。

■ライブ、デート、手術、ぜんぶメモっている

メモの習慣がこんなにも長く続いた理由のひとつは、前述したとおり自分のメンタルの状態を常に把握していたいからなのだけれど、それだけかと聞かれるとそうでもない。

たぶん私は、“思い出す”という行為に対する執着が異常に強い。

たとえば手元のノートに、高校の卒業式の日、(推しへのリア恋に破れてから)ずっと片思いしていた英語の先生に手紙を渡したときのメモが残っている。載せようか迷ったのだけど、すこし引用する。

“走った。教員室入って「先生!」って肩たたいて、顔見たらもう泣きそうで、なんも言えなくて、ただ、「手紙渡しそびれちゃったから」って2つ折りにした3枚のびんせん渡したら、「そっか、ありがとな」って笑ってくれて。
笑ってくれて!
でも私は笑えなくて、なんにも言えなくて、先生に肩たたかれて、「頑張れよ」って言ってくれたのにありがとうも頑張りますも好きも出てこなくて、「はい」ってちっちゃく言って(でも確かに言って)、すぐ振り返って教員室を出た。”


恥ずかしいのでこの文章はここまでにするが、私のノートのなかにはこういうメモが無数に眠っている。最高だと感じるライブに行ったあとや、身近な人の訃報を聞いたあと、初デートのあと、胸の手術をしたあと。

手術したあと、なんてどう考えても帰って薬飲んで寝たほうがいいに決まっているのだけど、執刀医が2本目のメスを「おかわり」と呼んでいたこととか、手術室で流れていたSMAPとか、瓶に入れられた腫瘍のかたちとか、そういうほんとうに細かいことを忘れたくなくて、帰り道でついノートを開いてしまう。

すごくうれしいことや辛いことがあった日もそうで、これを覚えてなきゃいけない、と感じるとどこでもメモをとってしまう。なんなら、「早くメモをとりたい」とイライラしてきて、楽しい瞬間がそこまで楽しくなくなってしまうことまである。完全に本末転倒だ。

■みんなが忘れていく一瞬も、とりあえず私が覚えておきたい

無理に覚えておこうとしなくても、ほんとうに忘れたくないことは忘れないようにできてるんだよ、忘れたいことは忘れたっていいんだよ、と言う人がいる。それを聞くたびにしんどい気持ちになる。私だって、できるならメモなんかとらないで、人生のなかの至上の瞬間だけを覚えていたい。だけどなぜかそうもいかない。

むかし、年上のいとこと話していたとき、亡くなった彼の父親──つまり私の叔父の話になったことがある。別の親戚の法事の帰りで、たしか蕎麦屋だった。彼がタバコを吸ってくると言って店を出て、外の空気を吸いたかった私もなんとなくついていった。

もうすぐ親父3周忌なんだよ、と彼が言うので、ふと自分のメモのことを思い出して、むかし話をした。それは5年ほど前、まだ元気だった叔父が急にキレた話だった。

親戚が集まってテレビのマジック特番を見ていたとき、人体切断マジックかなにかに対してこの箱は怪しいと得意げにディスる叔父をその場にいた全員が笑った。マジックってそうやって見るものじゃないんだよと子どもに指摘された叔父は立ち上がり、なんらかの捨て台詞を吐いてトイレに籠もり、そのまま長い時間出てこなかったのだった。

覚えてる? といとこに聞くと、最初は不思議そうな顔をしていた彼が急に破顔して、「あったねえ!」と叫んだ。笑いながら「あった。あったあった!」と連呼する彼を見ていたらなんだか泣きそうになってしまって、あ、もしかしたらこれは私が覚えていてよかったやつかもしれない、と思った。

人は人にまつわる些細なできごとをどんどん忘れていくけれど、着てたシャツの柄とかくしゃみの音量とかキレるポイントとかどうでもいいことを思い出す一瞬だけ、その場にその人のかたちみたいなものがゆらっと立ちのぼることがある。

比喩ではなくてほんとうに見えるんだけど、比喩だと思ってもらってもかまわない。できるだけいろんな人の前でその瞬間を発生させたいから、みんなが忘れていくであろう一瞬も、勝手なんだけどとりあえず私が覚えておきたい。思い出したくなったときに聞きにきてくれたらうれしいと思う。だからたぶん私はこれからもずっと、誰に読まれるわけでもないメモをとり続ける。

余談だけど、もしもいつか私が重大な犯罪とかに手を染めることがあったなら、ノートを見てくれたら一発で動機がわかるのですごく便利だ。念のため覚えておいてください。

Photo/Nanami Miyamoto(@miyamo1073)

『偏屈女のやっかいな日々』の連載一覧はこちらから

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生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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